「まぼろしの白馬」エリザベス・グージ


日本の家紋に波と兎をあしらったものがあって、それは、海にうつった白い月が波間を移動していく様子が、兎が走って行くように見えたところからきているのだそうです。それと同じように、海にうつった月が、あるいは白波が、白い馬の走るさまに見える…というようなところから、海から来る白馬の伝説は生まれたのかもしれない…などと、想像しながら、エリザベス・グージの「まぼろしの白馬」を読みました。
原題「The Little White Horse」
邦訳は、石井桃子:訳 で、福武文庫と、岩波少年文庫として発売されていましたが、現在、どちらも入手困難なようです。
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英語は、そんなには難しくありません。なんとか読めました。…といっても、完全に読めたわけではないので、邦訳、再版してくれると嬉しいのですが。
この作品は、ハリー・ポッターにも直接的な影響をあたえた作品らしいです。が、ハリポタは、どちらかというと少年漫画ですが、こちらは「少女漫画」の世界に近いです。
ヴィクトリア朝」とか、「マナハウス(領主の館)」とか聞くだけで胸がときめいて、きれいなファンタジーが好きで、貴族のお姫さまとかが好きなかたなら、おすすめです。なんといったって、
「That's not at all the way to propose. You should go down on one knee and do it in a very gentle voice.」
ですよ! ひざまずいてプロポーズ! な世界なんです。


そして、着ている服から、食べ物、城の調度品にわたるまで、実にこまごまと、美しく、すばらしく、描写されています。どっぷりと夢と想像の世界に浸らせてくれます。出てくる地名や人の名前も、きれいなものばかり。花の名前だったり、Silverydew(銀のしずく)とか、ムーン・プリンセスとか…(この時代セーラー服は男の子の服なので、ムーン・プリンセスといっても、セーラー服はきていないと思われます)


おそらくはこの作品、「理想郷」を書いた作品なんだと思うのですね。
主人公の名前はマリアで、村の教会も「聖母マリア教会」。…ちょっとネタバレですみませんが、主人公の年齢が十三歳で、結婚するのは十四歳。十四歳というのは、聖母マリアが結婚した年齢ですね。
また、主人公は、いわゆる「村に平和をもたらす伝説の乙女」であるわけなんですが、そのため、村人から、「Be you the one, my dear?」なんて、言われたりもします。で、この「The One」。この言葉には、「ほんとうのマリア」「ただひとりのマリア」という意味も、こめられているんじゃないのかな、と私は思いました。また、予言のように出てくる家訓、「The brave soul and the pure spirit shall with a merry and a loving heart in herit the kingdom together」の「kingdom」も、おそらくは神の国とか、そういう意味があるんじゃないかな…と想像。(ちがうかもしれませんが)
で、主人公は子供を十人産みます。正直、「いくら多産が良しとされた時代とはいえ、十人は多すぎでは…」と思ったのですが、両親あわせて、十二人家族になるんです。十二使徒ですね。


そういうことから考えると、この物語、主人公が「統治する領土」が、「現実感が薄い」ほど「平和な村」なのは、しかたがないと思うのです。聖母が愛をもって治める国に災いがあっていいはずがないのですから。
そして、悲しいかな「理想郷は現実には存在しない」ゆえに、この物語が「夢物語」でしかなく、「現実的でない」というのであれば、それはけっして、この物語の欠点ではないとも思うのです。(それを欠点だと思う人も存在するだろう、とは思いますが)


この物語が書かれた時代は、六十年前。また、この作品の世界がヴィクトリア朝であることを考えると、女性が今よりも「レディ」たることを求められた時代。この物語は、中産階級の普通のレディではなく、本物の「青い血(貴族)」の「レディ」であり、それゆえにノーブレス・オブリージュ(高貴なる者の果たすべき義務)を負い、それを見事に果たす少女の物語です。日本のファンタジーのジャンルのなかにも、異世界にいってそこの王さまや女王さまになって国をおさめ理想の国づくりをめざす、というジャンルがあると思うのですが、それとほとんど同じです。そういうファンタジーが好きな方なら、読むと面白いと思います。
キリスト教的要素は散見しますが、ナルニア国物語ほど強くなく、「宗教的理想」よりはむしろ「女の子的理想」のほうが強く出ている物語ですから、「宗教くさいのはイヤ」というかたでも、さほど気にならないと思います。


また、この本、ケーキに紅茶、チョコレートなどを用意して読みたい本。本に出てくる食べ物がおいしそうで、ついつい、何か食べたくなるんです。


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