「チェンジリング・シー」パトリシア・A・マキリップ

The Changeling SeaThe Changeling Sea
Patricia A. McKillip

Firebird 2003-04


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Love and anger are like land and sea: They meet at many different places.
愛情と怒りは、陸と海のようなものです。あちこちで互いに接しているのです(引用)


パトリシア・A・マキリップの「チェンジリング・シー」 原題「The Changeling Sea」1988年
邦訳は柘植めぐみ:訳で、小学館ルルル文庫から今年出ました。


あらすじ
父親を乗せずに舟だけが戻ってきて以来、ペリの母親は「海の下にある国」という夢想にとりつかれ、現実の生活をほとんど放棄し、海ばかり眺めるようになってしまいます。
海のせいで変わってしまった母親…。そしてペリ自身の生活にも、思いもよらないような変化が次々と訪れて…?


この作品において、「海」は「変化」の象徴であるように思います。(題名のチェンジリングは、妖精の「チェンジリング」すなわち「取替え子」のことでもありますけど、刻一刻と姿を変える海という意味だってたぶんあると思います…たぶん)
主人公のペリことペリウィンクルは、体にあわなくなった窮屈な古い服をむりやり着ていますが、それは成長すること…変化することを拒否している行為ともとれます。ペリが憎んでいるのは「海」そのものよりもむしろ、「変わってしまうこと」なのかもしれません。
そんなペリが、よせてかえす波のように、近づいたと思ったら離れていく王子に恋をしてしまい…?


これを書くとかなりのネタバレになってしまうのですが、この物語、おそらくは「セルキー」の伝承を元にしていると思います。その伝承を知っていると、この人はセルキーだからしょうがないよね…と納得できるのですけど、そうではないと、愛してると言ってるわりには…恋人を残して彼方へ去ろうとする王子が自分勝手のように思えるかもしれません…。セルキーはアザラシの妖精です。人間が水のなかで暮らすようにはできていないように、陸で長く暮らすようには生まれついていないんでしょうね…。


主人公のペリウィンクル(Periwinkle)の名前には、ふたつの意味があります。ひとつは花の名前。もうひとつは「snail」です。
「snail」って、カタツムリのことだと思ってたのですけど、巻貝のことでもあるようです。日本語でカタツムリと巻貝はまったく別のものというイメージがあるのですけど、英語だと同じ「snail」。
なので、魔法使いが、「女の子に巻き貝(snail)の名前をつけるわけがないでしょう」と言ってますけど、巻貝ならいいんじゃないかと日本語だと感じるんですよね。巻貝ってきれいなイメージがあるので。でも女の子の名前にカタツムリはない…。


それはともかく、ひとつは海のものである貝の名前であり、同時に陸のものである花の名前、陸であり海である名前をもつペリは、海のような王子ふたり、ひとりは夜…ひとりは昼の海…と、それから陸、野のにおいのする魔法使いの三人に囲まれます。(このあたりの設定は、いかにも少女小説らしく、ロマンティック。三人はそれぞれに魅力的な男性です)


ひとつの言葉に、ふたつのまったく違う意味が…顔があり、そこには秘められた魔力があること。異なるふたつの世界が交わったときに、物語は生まれ、はじまること。酒場で働く娘と王子。二つの世界に属するがためにどこにも属していない人々。
さまざまなモチーフが「影のオンブリア」と重なる気がします。
「影のオンブリア」は2002年の作品で、この物語が書かれてから14年後に書かれたもの。ある意味、この「チェンジリング・シー」という作品は、オンブリアの原型であり、オンブリアはこの作品の…ペリと王子が結婚していたらどうなったかという未来…を書いたものといえるのかもしれません。


チェンジリング・シー (ルルル文庫)チェンジリング・シー (ルルル文庫)
Patricia A. McKillip 柘植 めぐみ

小学館 2008-08


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書庫:パトリシア・A・マキリップ