「コララインとボタンの魔女」ニール・ゲイマン
ニール・ゲイマン Neil Gaiman の「コララインとボタンの魔女」。以前にも読んだのですが、ちょっと再読しました。
コララインは、大きなお屋敷に引っ越してきたばかり。といっても、ぜんぶがぜんぶコララインの家族の所有ではなく、古いお屋敷は、いくつかの世帯が住めるように改造され、わけられています。1階には、元女優の老婦人がふたりで暮らしています。ふたりはスコットランド人。紅茶の葉で占ったり、魔よけの石をコララインにくれたりします。二階にはコララインとパパとママの三人家族、その上には、風変わりな老人が住んでいます。老人はネズミのサーカスをつくるため、ネズミたちに芸をしこんでいるという話です。
それから庭には、ネコがときどき、出入りをしているようです。
さて、ある雨の日、退屈をもてあましたコララインは、家のなかを「探検」して、応接間のすみに、鍵のかかった扉を発見します。母親に頼んで、あけてもらうと、そこには煉瓦がつんであって、どこにも通じていません。
その夜、コララインは不気味な影を目撃します。閉めたはずの扉が、少し開いているのも。
そして次の日、コララインがその扉をあけると、なぜか煉瓦は消えうせ、廊下がつづいていました。
コララインは、もうひとつの「わが家」へと足をふみいれ、そこで、「もうひとりのお母さん」と出会います。
もうひとりのお母さんは、黒いボタンでできた目をしていました…。
まず、主人公のコララインは、「オンリーワン」がいい、という気持が強いようです。
お母さんが、学校に着ていく服を買ってくれたとき、コララインは派手な緑の手袋がほしいと思いますが、買ってもらえません。
But Mum, everybody at school's got gray blouses and everything. Nobody's got green gloves, I could be the only one.(p23)
せっかくコララインという、オンリーワンな名前なのに、キャロラインという、よくある名前とまちがえられたり。大人たちは、「everybody」のひとりとしてしか、コララインのことをみていないようです。
もうひとつの世界で、もうひとりの老人が、いいます。
No one will listen to you, not really listen to you. You're too clever and too quiet for them to understand. They don't even get your name right. (p118)
もとの世界に戻ったとしても、そこでは誰も、コララインの話を、まともに聴く人間はいない、と。まともに話をしたり、まともに相手をしてくれる人はいない。ほうっておかれるだけだ、と。
この物語において「名前」は、重要な仕掛けとして機能しているように思います。
まず、誰も名前を正しくいわないということによって、この世界において、コララインは「キャロライン」という「ニセモノ」の女の子として存在しているということになります。
この世界でニセモノなら、どこかにホンモノの存在する世界がなくてはなりません。ここに「もうひとつの世界」が誕生する「要素」が発生します。
読みようによっては、「もうひとつの世界」を、コラライン自身が生み出した内面世界、あるいはすべて「夢」だと考えることもできるかもしれません。
そう考えれば、コラライン以外の人たちの、魔女に関する記憶がないこと、など、説明がつきますし、物語の随所に「鏡の国のアリス」を思わせる記述があること(安楽椅子で眠り込んだり、など)も、「夢」であることを暗に示唆しているとも考えられます。
しかし、登場する魔女の特徴や、「ねずみのサーカス」など、あきらかにダール作品のにおいがすることを考えれば、あくまで「ほんとう」の話である、ともいえます。
いずれにせよ、おそらく作者はこの「コラライン〜」の物語を、意図的に、夢とも現実とも、どちらともとれるように書いたのではないか、という気がします。
だから冒頭に、引用文として、
Fairy tales are more than true: not because they tell us that dragons exist, but because they tell us that dragons can be beaten.
という言葉をかかげたのかな、と。
「この物語を、ウソだと思ってくれてもいい。悪魔は本当にいるんだって、信じさせたいわけじゃない。ただ、悪魔はやっつけることができるんだっていうことを伝えたいんだ」というつもりで。
邦訳もでています。
- 作者: ニール・ゲイマン,スドウピウ,金原瑞人,中村浩美
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2003/06/30
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