「穴」ルイス・サッカー


ルイス・サッカーの「穴」を読みました。
1999年のニューベリー賞受賞作。


「墓穴を掘る dig one's own grave」という言葉があります。
正直、この物語のテーマはそれなんじゃないか、という気がするくらい、墓穴を掘りまくりの物語。
特に最後、悪役の「墓穴の堀りっぷり」はたいへん見事で、小気味がいいくらいです。


主人公のスタンリーは、有名野球選手のスニーカーを盗んだ容疑で有罪判決を受け、刑務所に入るかわりに、「穴を掘ることによって性格を矯正する」という理念の、少年矯正キャンプに入れられます。その最初の穴ほりのとき主人公は、

He felt like he was digging his own grave.(p38)


自分の墓穴を掘っているような気がする、と感じるのですが、しかし、この時点での主人公は、自分は「運が悪い」のであり、それは「no-good-dirty-rotten-pig-stealing-great-great-grandfather」のせいだ、と思っています。主人公の「ひいひいおじいさん great-great-grandfather」は、「足の悪いおばあさんから、ブタを盗んで呪いをかけられた」のです。以来、主人公の家系は、なにをやってもうまくいかないのでした。おじいさんは「stock market」で成功、つまり株をやって大もうけしたけれど、そのお金を女泥棒に盗まれてしまうし、お父さんは発明家だけれど、うまくいきません。
しかし主人公は、何も本気で「呪い curse」を信じているわけではありません。

Stanley and his parents didn't believe in curses, of course, but whenever anything went wrong, it felt good to be able to blame someone.(p8)


何かよくないことが起きたとき、それは「自分のせい」ではなく「誰かのせい」だと思うほうが気がラク、というだけのことです。
そうわかっていながら、それでも主人公は、この時点ではまだ、「呪いのせいってわけでもないだろうけれど」「自分が悪いわけでもない」と考えています。

You're the reason you are here.(p57)


「おまえをこんなところにほうりこんだのは、ほかならぬおまえだ」というような意味かと思うのですが(つまり「自業自得」?)、指導官にそういわれても、認める気になれません。
そうして、たくさんの穴を掘りつづけますが、その間、本当に自分が「墓穴を掘る行為をしている」ことには気づきません。
自分が掘り当てた「interesting 興味深いもの」を、リーダー格の少年におもねって譲り渡し、そのために、かえって過酷な労働が課せられてしまったり、
仲間に字を教えるかわりに、自分の穴掘りを手伝ってもらう、ということをしたために、とんでもない事態になったり、
自分や人にウソをついて、ラクをしよう、なまけよう、うまくやってやろう…、そんなズルイことを考えた結果、ラクどころか、かえって大変な状況に陥ってしまうことがつづきます。
困難から逃げようとしても、かえってひどい困難がやってくるだけ。目の前の高い山は、登らなければ、いつまでも目の前に立ちつづけるのです。そして困難というものは、乗り越えれば乗り越えるほど、人は強くなれるもの。「どうして不運ばかりつづくんだろう?」という問いの答えは、もしかすると神さまが、どんな困難も乗り越えられる強い力をさずけるために、わざと贈った贈り物かもしれない、わけです。
主人公は、脱走した仲間をたすけに、そして生きのびるため、山を登ります。


さて、ここで、おそらくマザーグースの「Tom, Tom, the Piper's Son」が、テーマと関係しているような気がします。
「ブタを盗んだ」というキーワード、「上り坂をのぼる」というキーワードから導きだされるのは、「Over the hills and far away 丘をこえてはるか」です。…が、それについては書くと長くなりそうなので、また今度にします。


それより、「神さま」のことについて、いろいろ気になったので、そのことについて書きます。
この物語には、随所にキリスト教的イメージが登場します。


まず、そもそもの、キャンプのある地、現在は乾いた砂漠になっている地は、かつては湖であり、「heaven on earth」とよばれていました。そのイメージは「エデン」そのものです。そこに住む白人の女性教師のつくる「spiced peaches」は「food for the angels」と呼ばれています。その女性教師と、黒人男性との悲恋の物語は、アダムとイブの物語に重なります。


また、主人公は、このキャンプの中で、人種差別問題が起きないのだけはありがたい、と考えています。

On the lake they were all the same reddish brown color - the color of dirt.(p84)


みんな穴をほって土まみれで、まっくろな顔をしているから、肌の色での差別なんて起きない、ということのようです。
ここで想起されるのは、キリスト教の聖書では、「アダムは土からつくられた」とされている点。
これはある意味、「みんな同じ、神さまによって土からつくられ、死ねば土にかえるアダムじゃないか」ということを作者は主張したいのかな、と思いました。肌の色なんて関係ない、みんな神の子なのだから、差別するなんてアホらしい、と。そして「dirt」には、「土」という意味のほかに「汚い」という意味もあります。このキャンプに送られる少年たちは、みな何らかの罪を犯しているのだけれど、そもそも「dirt」でない人間なんているのだろうか?  ということも、もしかしたら言いたいのかな? と思いました。


…もっとも、キリスト教のこと、よく知りませんので、的外れな意見だったらすみません…。


基本的には、宗教的な物語ではなくて(因果応報の物語ではありますけれど…)、どちらかというと、手法は推理小説に近いです。いろんな伏線を散りばめて、「AがBだからCになる」という、まるで1たす1は2、という算数の問題を解くような印象すらうけました。実際、数学的なことに言及する箇所も何箇所かでてきて、比較級も文章にかなりでてくるし、作者さん、たぶん理系で数学好きなんじゃないか…という気がしますが憶測です。

主人公の体重が、同じ年齢の子の三倍あることや、三代つづけて同じ名前なこと、Stanley Yelnats という、前から読んでも後ろから読んでも同じ名前が同時に物語の構成そのものを象徴してもいること…などなど、ささいなところにもいろいろ意味が隠れているような気がするので、そういうのを探るのも楽しい一冊です。一回だけでなく、読み返してみると、新たな発見があるかもしれません。


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穴 HOLES (ユースセレクション)

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