「タランと角の王」ロイド・アリグザンダー


ときによると、わしらは、答えをきいて知るより、答えをさがしても見つからぬことから、より多くのことを知る場合がある
"In some cases," he said, "we learn more by looking for the answer to a question and not finding it than we do from learning the answer itself."(本文より)



ロイド・アリグザンダーの「タランと角の王」を読みました。プリデイン物語シリーズの第一巻です。
この物語は、マビノギオンなど、ウェールズの神話から材をとった物語で、プリデインというのも、つまりブリテン島のケルト名です。しかし、この物語に登場するプリデインは、架空の国である、と作者は述べています。


主人公は、まったく「普通の男の子」。
「ただのガキ」扱いされるのは不満なのだけれど、実際には「ただのガキ」でしかない男の子、です。
魔法が使えるわけでも、剣技に優れているわけでも、ずばぬけて頭がいいわけでも、力持ちでもありません。
世間知らずで無知、気も利かない。まったくの未熟者で、実に、等身大なんですね。こういう男の子、世の中にいっぱいいる、と思います。
リーダーになりたくってしょうがなくって、みんなが言うことをきいてくれないのは、自分が悪いんじゃなくて、みんなが悪い、とでも思っているような感じです。自分は人よりも優れている、と信じていて、すぐ人をバカにし、自分よりも下の存在だと考える。実は自分の父親は偉い王様なんじゃないか…なんて夢想したり。大きくなったら英雄になれると信じている。
でも、実際には、仲間のなかで、いちばん情けなくて、何もできなくて、無力でバカで役立たずなのは自分だ、ということに、だんだん気づいてゆき、内心ではバカにしていた仲間が、自分なんかよりもずっとすごい人間だ、ということを認めてゆきます。
主人公の美点は、「きちんと謝ることができる」ことで、自分の過ちを他人に指摘されたら、それを素直に認めて反省します。もし、そうでなかったら、ただのイヤな男の子になっちゃうのだけれど、その美点があるから、好感がもてるし、このまま、もっといろいろな経験をして、どんどん成長してゆけば、すごくいい青年になるんじゃないかな、という予感がします。
最初から「できた人間」というものは、めったにいないもので、たいていの人は、ケンカしたり、叱られたり、失敗したりして、そこから生き方や人とのつきあい方を学んでゆきます。人の上に立つ人間というのは、「人の心をつかむ、人の能力をひきだす、適材適所で活用する」といったことが求められるのであって、自分自身がオールマイティーである必要はありません。
この物語は、「ワンマンよりもチーム」といったことを語っている気がします。ひとりの力ではなく、チームの力で勝つこと、そしてチームのなかで、たとえ自分は小さな役割しか演じられなかったのだとしても、そのことを恥じる必要はなく、チームの勝利に貢献できたことを大いに誇るべきである、なぜなら、誰ひとりの力が欠けても、チームの勝利はなかったのだから…
というようなことが作者は書きたかったんじゃないかな、と思いました。
ワンマンなリーダーなら、リーダーがやられたらそれで負け。ネタバレですみませんが、角の王の軍勢が負けたのも、ワンマンだったからなんだと思います。
「ひとりではなにもできない」「リーダーはチームの一員であり、チームのためにリーダーが必要なのであって、リーダーのためにチームがあるわけではない」ということがわかっているリーダーの下でなら、強いチームになれる、ということなんだと思います。…まだ第一巻なので、かなり弱っちいチーム(パーティ)ですけど、きっと強くなっていくんだろうな。


物語としては、ストーリーはサクサク進むし、わかりやすいし、面白いです。
全体にユーモラスで軽いノリですが、といって、ふざけた物語、というわけではありません。基本的にはオーソドックスな少年の成長物語です。

邦訳は、評論社から神宮輝夫:訳 で出ています。全五巻の物語のようですので、この先が楽しみです。


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