「マビノギオン」


マビノギオン 中世ウェールズ幻想物語集」 JULA出版局 中野節子:訳を購入したので、これまで、部分部分でしか読んでなかったマビノギオンを、通読しました。


マビノギオン」といった場合、まずひとつは、ウェールズの富豪に嫁いだ英国子女シャーロット・ゲスト夫人が、ウェールズ語の散文物語12篇を英語に意訳翻訳し、1838〜49年にかけ複数の巻にわけて順次出版した書をさします。その中の「タリエシンの物語」をのぞく11篇の物語の原典となったのは、『ヘルゲストの赤い本 Llyfr Coch Hergest』(1375-1425)ですが、その11篇の物語を伝えるまとまった写本として、もうひとつ『レゼルッフの白い本 Llyfr Gwyn Rhydderch』(1300-25)があります。しかし、「タリエシンの物語」に関しては、そのどちらの書にも含まれていないため、現在「マビノギオン」とのみ言う場合、「タリエシンの物語」をのぞいた、11篇の物語を指します。ところが、「マビノギオン」という言葉は、実はシャーロット・ゲスト夫人の誤認によって名づけられたタイトルである…というところに、ややこしい問題があります。夫人は、「マビノギオン Mabinogion」という単語を、「マビノーギ Mabinogi」の複数形だと考えてタイトルにつけたのですが、実は「マビノーギ」という言葉は単数形でなく複数形なのです。よって、複数形の「マビノーギ」の複数形などありえません。「マビノギオン Mabinogion」という綴りは、写本のなかでも一箇所しか出てこず、単純な誤記であると考えられています。
しかし、ゲスト夫人の『マビノギオン』が広く流布したこと、その後につづく『白い本』を準拠にしたJ.ロス(J. Loth)のフランス語訳『マビノジョン Les Mabinogion』(1913)や、『白い本』と『赤い本』を用い欠損部のテキストを補ってのグウィン・ジョーンズ Gwyn Jones とトマス・ジョーンズ Thomas Jones の『マビノギオン The Mabinogion』(1948)など、原典に忠実な訳の本においても、「Mabinogion」のタイトルが用いられ、現在でも慣例として『マビノギオン』というタイトルを使うことが多いようです。
日本では、「マビノギオン」のほか、「マビノジョン」と訳されることもありますが、最近では、おおむね「マビノギオン」で統一されつつあるようです。
中野節子さん訳のこの本は、『白い本』と『赤い本』の原典復刻本を用いた、ウェールズ語からの邦訳です。

訳は簡潔で読みやすく、注釈や解説もていねいで参考になり、特に「アーサー王物語」や「騎士道物語」に興味がある方は、その源泉をたどるという意味で、たいへんに面白い読み物だと思います。また、ケルト系の文化や文学、妖精物語や神話が好きな方の資料としての価値も高いと思います。英米ファンタジーには、このマビノギオンを素材にしたファンタジーもいくつかありますし、ファンタジー好きなら読んでおいて損はないと思います。
ただ、普通の小説と同じような意味で「面白い」かどうかは、ちょっとわかりません。矛盾も多いし、登場人物に感情移入して読むようなものではないからです。物語というより、あらすじを読まされているだけのように感じる箇所も多々あります。
しかし、現代の小説ではめったにおめにかかれない「度肝を抜かれる」表現にたびたび遭遇して、個人的にはそれが非常に面白かったです。どう考えても人間ではない人たちが人間として書かれるのは、キリスト教によって、神はひとりになり、もともと神であった方々を神と呼ぶわけにはいかなくなったからなのかな…と思いました。物語の成立が一番古いとされる「キルッフとオルウェン」に登場する、アーサー王の原型であるアルスルは、ギリシア神話のゼウスや、北欧神話オーディンのような印象を受けました。その手下…配下の皆さん方は、とうてい常人とは思えず、日本であるならば当然、神と呼ばれる異能、異形の方々で、アルスルはそのなかで、いちばん偉い神さまだと考えるほうが、わかりやすい感じがしました。


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また、「シャーロット・ゲスト版マビノギオン」も、少し読みました。これは井辻朱美さん訳のもので、アラン・リーの挿絵がカラーでたくさん入っているものです。ほとんどアラン・リーの挿絵目当てで買ったものです。
「タリエシン」の物語は、タム・リンとかに通じるものが随所に見受けられ、そういう意味では興味深い一篇でした。
シャーロット・ゲスト版のほうは、英文は、著作権が切れているので、ネット上で無料で読めます。
邦訳では省かれているゲスト夫人による注釈も読めるのは
こちらのサイト→http://www.sacred-texts.com/neu/celt/mab/index.htm
中世風のイラストもあるし、オススメ。


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