「ねずみの騎士デスペローの物語」ケイト・ディカミロ


辞書によると、同じ「絶望」でも、「desperate」は「hopeless」と違って「希望はまだ少しはあるという含みをもつ」のだそうです。(参考「ジーニアス英和辞典第3版」大修館書店)


この物語は、「desperate」をその名の由来にもつ、ねずみのデスペローと、
絵画の明暗法であり光と影を意味する「chiaroscuro(キアロスクーロ)」の名をもつドブネズミ、
「sow(雌ブタ)」と呼ばれる、虐げられた女の子、
そしてお姫さま、の四人を軸に紡ぎだされる物語です。2004年ニューベリー賞受賞作。「ねずみの騎士デスペローの物語」ケイト・ディカミロ著


サブタイトルは、「being the story of a mouse, a princess, some soup, and a spool of thread」となっており、「あるネズミと、あるお姫さまと、いくらかのスープ、それと、ひとまきの糸巻き、から成る物語」といったところでしょうか。


ネズミとスープの組み合わせで、思い出されるのがアーノルド・ローベルの絵本、「Mouse Soup」。イタチにスープにされそうになったネズミが、
"Mouse soup must be mixed with stories to make it taste really good."(本文より)
「ほんとうにおいしいネズミスープをつくりたかったら、おはなしをまぜなきゃ」と言って、四つのお話をはじめる…という絵本なのですが、この「デスペロー」の物語は、もしかするとその絵本を、すこし意識しているかもしれません。


さて、この「デスペロー」の物語は、いわゆる「童話」であり「寓話」でもあります。
作者は、「作者も読者も物語によって救われることを願って」書いた、といったようなことを、本の最後に述べています。


"Stories are light," Gregory the jailer told Despereaux.
Reader, I hope you have found some light here.(本文より)


作者は物語のなかから、読者が「光を見出す」ことを期待しています。そして、そのキーとなる言葉は、「forgiveness」つまり、「赦し」です。長いサブタイトルがついているけれど、一言、この物語は「ゆるしの物語」である、ということも可能だと思います。


文章のほうは、表紙の雰囲気から、もっと幼年向けの、かんたんな英語かと思っていたけれど、意外と難しい言葉がでてきたりします。でも、読めなくても大丈夫。難しいけれど飛ばして読んじゃいけない重要な単語は、作者が「この単語の意味はですね…」と教えてくれたり、「辞書をひきましょう」と言ってくれたりします。
挿絵もけっこうあるし、一章一章は短くて、わりとスンナリ読めます。ストーリーも、そんなに複雑ではありません。


文体は、作者が読者に語りかけるもので、「母親が子供に」、あるいはときどき、「学校の先生が生徒に」語っているような、そんな印象を受ける文です。そのあたりで、少し、好き嫌いがわかれてしまうかもしれません。
私が読んでいて少し気になったのは、「imagine」という言葉が、くりかえし出てくるところ。作者はくりかえし読者に、「想像して!」と強い口調で訴えます。「想像して。もしあなただったら? 目をそむけないで。これから先に起こることがどんなに酷くても。それがあなたの義務ですよ」といった感じに。


この物語は、同時多発テロが起きたころに、執筆されていたものなのだそうです。それと、「imagine」という言葉から、どうしても「イマジン」という曲を連想せずにはいられません。ジョン・レノンの曲で、イラク戦争のときも、「反戦」のシンボル的な曲となりました。オノ・ヨーコが歌詞の一節、「Imagine all the people living life in peace」とだけ書かれた全面広告を新聞に出したことも、話題になりましたね。
作者はおそらく、「イマジン」という曲、その曲のもつ意味、をもちろん充分に意識して、「imagine」という言葉を使っているはず…と思いましたが、本当のところはわかりません。しかし、「イマジン」を意識した作品であるのだとしたら、この物語が、「人々に語りかける口調」を、なぜ選んだのか、その意味もわかります。「想像してみて…」と語りかけるために書かれた物語であるのだとしたら。(もっとも、執筆を開始したのは、テロよりも前でしょうし、語り口調は童話の伝統的手法ですし、そこに大きな意味があると考えるのは、我ながら想像しすぎというものでしょう…)


いろいろ重い要素もある物語ですが、全体に、深刻すぎるということはなく、楽しい読み物でした。なぜお姫様の寝所に衛兵の一人もいないのか、とか、いろいろ疑問に思ったことはありますが、童話なので、あまり細かいことを気にするのは野暮というもの。挿絵もいい味だしてます。
かわいいネズミの物語が好きで、童話が好きで、語り口調がニガテでない方なら、オススメ。
個人的には、スープのスプーンを王冠がわりに自分の頭にのっけて、お姫さまに復讐を誓うドブネズミの姿が、なんとも哀れで、深く印象に残りました。


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