「バウンダーズ」について3

まだちょっと、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの「バウンダーズ」について、もやもやしたものが残っていたので、書きます。(しつこい性格ですみません…)


物語のなかで、とある世界の<境界>が<野菜畑>として出てきます。で、その畑で、仲間のヨリスが、主人公たちのために、最高の野菜をとってきてあげる場面があります。そんな献身的なヨリスを主人公は皮肉り、そのあとで、
「君がもう奴隷でもなんでもないんだってことを、その石頭にわからせることはできないのか?」(本文より抜粋)
と言います。


一方、自分の姉を奴隷としてコンスタム(神さまみたいな人)に売ろうとしたアダム。コンスタムは奴隷は買いませんでした。姉は、「恋人」として、コンスタムにもらわれました。


このことから、ヨリス=カイン、アダム=アベル、という図式がなりたつように思います。
カインは野菜を、アベルは羊を、それぞれ神さまに捧げ、神さまはアベルの捧げものだけ受け取りました。


つまり、神さまは「奴隷的な愛」は拒否するけれど「本物の愛」ならば受け取る、ということ。「奴隷的な愛」というのは、「奴隷だから、主人を愛し仕えなければならない」と思って捧げる献身のことで、それは熱烈な愛であっても、義務的な愛であり、本当の愛ではない。
では本当の愛とは何かというと、この物語においては、どうも、「言いたいことを言える間柄」のこと、のように思います。というのも、まず、主人公とヘレンの関係がそうです。言いたいことを言い合って、ケンカばかりしているけど仲がいい。
しかしコンスタムとヨリスの仲はちがいます。仲はいいです。ケンカなんかしない。けれどヨリスは、コンスタムに「言えない」ことがある。「自分は奴隷だから言えない」、と。
この物語において重要なのは、誰ひとりヨリスのことを奴隷あつかいしていないのに、ヨリスだけが、自分のことを奴隷だと思い、そのようにふるまわなければならない、と思い込んでいること。しかしそのせいで、自分が自分だから愛されているのか、有能な奴隷だから愛されているのか、わからなくなっている。だから正直な気持ちが言えないのだと思います。
けれど物語の最後、ヨリスは自分の正直な思いを口にだします。それはある意味、コンスタムのことを、本当に信じることができた、ということなのだと思います。その結果、ヨリスは本当の意味での<Home>を手に入れることができます。主人と奴隷ではなく、本当に愛し合う、父と息子の関係になれた。
それはもしかすると、神さまとカインのあいだにも、起こりえたかもしれない物語、なのかも。


と、いうわけで、この「バウンダーズ」という物語は、カインの物語のなかに、もうひとつのカインの物語があるという、二重構造になっているのでは、と。


コンスタム=神 ヨリス=カイン アダム=アベルの図式の物語と、
プロメテウス=神 あいつら=カイン 主人公=アベルの図式の物語。


で、主人公=アベルだと考えると、なぜ主人公だけは<あいつら>を殺してはいけなかったのか(殺そうと思えばできたが、しなかった)、とか、そのへんのところが、納得がいくような気がします。
主人公が<アベル>でありつづける以上、<あいつら>の、対極の存在でいられるわけです。
つまり、カインが<現実>なら、アベルは<非現実>に、アベルが<現実>ならば、カインは<非現実>に。
また、カインを滅ぼすことができるものがいるとしたら、それはアベルであるが、それはカインと同じ方法をもって、なされるものではない、と。つまり、「殺さない」ということによって、カインを追い払うことができるのだ、と。


で、思いきりネタバレですみませんが、アベルである以上、死人でありつづけねばならない、ということなのかな、と。
自分にとってその世界は現実ではない、ということは、その世界で<ほんとうに生きることができない>ということで、死んでいるのと同じ。死んでいる人間を殺すことはできない。(だからバウンダーズは死なない)
主人公にとって、すべての世界が<非現実>となったとき、主人公が<現実>になった、というのは、<世界>ではなく、主人公という人間自身が、ひとつの現実そのものとなった、ということ。主人公=現実ゆえに、主人公がどこかの世界へいくということは、その世界に<現実>がいく、ということで、世界の<非現実化>を防げる、ということ…なのかなあ。
ここのところで、こんがらがるのですが、要するに、どこの世界も現実でない者はまた、どこの世界も現実にすることができる、しかしどこの世界にも属さないから非現実の存在であるが、どこの世界にも属しているともいえるから現実の存在である。死んでいるが生きている、生きているが死んでいる…
とゆう…。って、なんだかわかりませんよね…。すみません。ここまで長々と書いておいてなんですが、私は大きく読み誤っている気がします。むう…