「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

ifyouaskme2005-08-30

ダイアナ・ウィン・ジョーンズの「魔空の森ヘックスウッド」(Hexwood)」を読みました。邦訳と洋書と両方読み。
正直、かなり読むのが大変でした。なんかもう、時間があちこちに飛ぶし、一人の人物が一人の人物じゃない(笑) どういう物語なのか把握するのに骨が折れるんですね。これ、あんまりフツーの人にオススメできる本ではありません。わけわかんないと思います。アーサー王物語くらい、「教養としてたしなんでおります」くらいの人でないと難しいかと。あと、ベーオウルフとか、ジ ークフリートとか知ってるとわかりやすいようです。私はそんなに知識はありませんが…。でも面白かったから、やっぱり知識はそんなにはいらないかなあ。
…どういう物語なのか、なかなかわからないところが魅力の物語でもありますし。わからなくてもいいのかも。あんまりストーリーとか、予備知識なしで読んだほうが面白い気がします。(だから、まだ読んでいない人は、ここから下は読まないほうがいいです)


※ここから先、ネタバレです。注意!
基本的な物語は、わりと単純でして、「ゲームの世界(仮想現実)に入って、ロールプレイングをし(ゲームの世界のキャラクターになって役割を演じる)、グッドエンディングをむかえるまで何度も最初からやりなおす」というもの。
けど、作者の真の狙いは、「アーサー王物語の成立の過程を物語化する」というもの、だと思うのです。
その証拠(?)に、洋書には、作者のあとがきがあって、説明があるんですよ。フィテラのことも、ベーオウルフのことも、アーサー王やマーリンのことも。
この作者のあとがきは、この物語を解く上で、たいへんに重要だと思うので、邦訳で訳してくれなかったのは残念(英国版にはついてないのかな? 私が読んだのはアメリカ版で、そちらにはあったのですが)。
…あと、訳については、「Merlin」を「メルリン」と訳してるのは「??」です…。そりゃ、たしかに普通に読めばメルリンかもしれませんが、アーサー王物語では「マーリン」と訳すのが一般的だし、そうじゃないと誰だかわかんないです…。誤訳ってわけじゃないと思うけど、不親切だなあと思います。


で、まあ、洋書のあとがきに書いてあったことですが、まず、「アーサー王の父親が、マーリンの魔法によってティンタジェル公に変身し、ティンタジェルの奥方に通じ、そうしてできた子供がアーサー王というのは皆さん知っていますが、それではティンタジェルの奥方(イグレーヌ)の父親が誰だったかは誰も知りません」といったことからはじまり、アーサー王や、その姉妹全員、魔法の力があるのは、あきらかにイグレーヌの遺伝であり、イグレーヌの父親はマルテリアン(この本の邦訳ではマルテリアンとなってますので、そう書きます。綴りはMartellian。ただ、このマルテリアン、実在するのか不明。作者の創作の可能性も高いですし、私にはわかりません。マルテリアンは北欧の神ヴォータン(Wotan)とも混同された、とかって書いてありますが。ヴォータンはニーベルンゲンの指輪に出てくる神で、北欧神話の神々の王オーディンがモデルらしいです)だったのではないか、と。


で、そのマルテリアンというのは、たくさん英雄を作ってるんですね。つまり、言葉は悪いですが、たくさん子作りして、その生まれた子の多くが、英雄になった。と。(これはつまり、マルテリアンの物語が一番古くて、そのあと、それを元に、様々な英雄譚が作られていった、ということなのかな? と思います。現在でも、神話をもとに、さまざまな物語が生まれてますし、「再話」というのは、物語の伝統なんですよね)
そのマルテリアンの子供のなかで、いちばん竜殺しをしたのがフィテラなんですが、このフィテラの物語は、ゲルマンの英雄、ジークフリートにとってかわられちゃった、と。ジークフリートのほうが有名になっちゃたんで、もともとはフィテラの物語だったのに、ジークフリートの物語ということにされちゃったんですね。
で、フィテラの物語や詩は、今はもう失われてしまったけれど、それはどうしてかっていうと、レイナー1にスタスの箱にいれられちゃったから(笑)
(なお、フィテラがヒュームに「アンクル・ウルフ」って呼びかけるけど、それは「ウルフ叔父さん」という意味かと。フィテラにはシィエムンドという叔父さんがいて、そのことはちょっとだけど「ベーオウルフ」に出てくるんですが、ほんとにちょっとだけです。で、これは確かではないのですが、たぶんシィエムンドはジークフリートの原型なんじゃないかなあ…と)


ではマルテリアンとは誰かというと、マーリンのふりして、アーサー王の父親をティンタジェルの奥方に通じさせたのが、じつはマルテリアンだった、と。
だからマルテリアン=ベーオウルフ=マーリン
マルテリアンが、自分のことをウルフと名乗ったり、マーリンだと名乗っていただけで、この二人は同一人物だ、と。
で、フィテラが、「あなたに竜なんか退治できるわけないじゃありませんか」みたいなことを言っているのは、ベーオウルフ=シィエムンド=ジークフリートだから。


…ややこしい。頭がこんがらがります。とにかくアーサー王物語と北欧神話のあいだには、ややこしい関係があるってこと、ということさえわかればいいのかなあ。
正直、私の考えが正しいのか自信がありません。(ちゃんと英語が読めるわけじゃないですし、誤読している可能性高いですから、ダイアナさんが「あとがき」でどういうことを書いているのか、きちんと知りたい方は、洋書を買って、ご自分で訳してくださいね)
モーディオンはマーリンの父親(マーリンは夢魔と人間の女性のあいだに生まれたとされているし)ということかな、と思うけれども、実際にはマルテリアンの子孫がモーディオンだし…。モーディオン=マーリンでもあるように思うけれども、(モーディオン=本物マーリン、マルテリアン=偽者マーリン)、むー。モーディオン=マーリンと思わせるのは、作者の読者に対するミスリード、トリックかしらん。
とにかく、もう2・3回は読み返さないと、わからないかも…。…2・3回でわかるかどうか…。


ただ、ダイアナさんというと、「トールキンの教えをうけた」ということがクローズアップされて、「トールキンを継ぐ者」とかって言われることが多いようなのですが、これまで私は、そのことに対しては「?」だったのですよ。教えをうけたといっても、大学で授業を受けただけで、弟子ってわけじゃないのだろうし、作風違うし…と。
でも、この本を読んで、
たしかトールキンの専門は中世英語で、「ベーオウルフ」に関する論文もだしていて、北欧神話との関連とか、アーサー王物語とか、たぶん、そーゆうのを、もしかしたら授業でダイアナさんは受けていて、それが基礎になっているのかもしれない、と。もしそうなら、たしかにトールキンの影響はあるかも、と。どうしてかっていうと、たしかにダイアナ作品も、「再話」が基本なんですよね。元にある物語があって、そこから自分なりの物語に作りかえる、というのが。それって、先にも書きましたが、伝統的な物語の作り方だし、伝説や神話が作られていく過程と同じ。でもってトールキンの手法でもあるわけですから。
ぜんぜん違う作家だと思ってましたが、基本は同じなのかも。


とりあえず、ダイアナ・ウィン・ジョーンズファンや、アーサー王好きの方は、読んでみる価値のある本だと思います。特に、アーサー王を知っていると、いろいろニヤリとできるかも。